LOGIN友人に誘われて入部した演劇研究会で、渡辺浩二は演劇にのめり込む。 演劇を通して成長していく姿を丹念に描いていく青春小説。 「僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 入学編」 の続編になります。
View More百五十六 打ち上げの一次会が終わり、二次会へ行く者と帰宅する者に分かれた。そのまえにナベは裕子を引き止めていた。「裕子ちゃん、そんなに時間はかからないんだけど、少しだけ時間をもらっていい?」「うん、いいよ」「ありがとう」 以前、裕子から告白された公園にナベは裕子をいざなった。「あー……最初に言っておくと、よりを戻してほしいとかそういう話をしに来たわけじゃないんだ。この公園に来るとそんな思惑がありそうな感じはするけど」「うん。懐かしいね」 裕子は憂いを帯びた表情で公園を眺める。「僕はずっと自分の中に閉じこもってて、演劇を始めてから表に出てきたって話を少し前に打ち明けたけど。そうだな。やっぱりすこし浮かれてたみたいだ。人を好きになったら付き合うものだってなんとなく思ってた。この年齢になって人を好きになったら、『普通は』付き合うんだろうなって。僕は自分がイレギュラーだってことを都合よく忘れてた」 裕子はナベのことを見ている。ナベも裕子を見つめた。「裕子ちゃんのことは演劇研究会に入って接するうちに、いつも元気だな、とか自分の意見をはっきり持ってるな、とか、自分自身に責任を持ってるな、とかそういう面が見えてきて、そういうところをすごく尊敬してた。表情がよく変わるところもなんか、嘘がなくて魅力的だと思った。……ああいや、過去形じゃないな。いまもそういうところが好きだ」 裕子は怪訝そうな表情に変わる。よりを戻したいという話に聞こえそうだとナベは苦笑する。そういう話じゃないと言っておいて正解だったな、とナベは思う。「僕は裕子ちゃんのことが好きだ。けどそれは、付き合いたいってことじゃなかったみたいだ。そもそも僕は人と付き合いたいって思うような人間じゃなかった。演劇研究会のみんなと接するようになって、人と一緒にいるのも悪くないと思うようにはなったけど、どうしたって僕は、一人の時間が大切だ。一人で居続けることが苦にならない。本さえあれば満足できる。……人を好きになったからって、ずっと一緒にいたいわけじゃなか
百五十五 本番の二日目と三日目も些細なミスはあったが集中して演じることができた。次の公演が十月になるのかもっと遅いのかわからないが、そのころには就職活動も本格化してくるので演劇に全力を尽くせるのはこの公演が最後になるのだろうとナベは考えていた。だからラストステージのカーテンコールで見た客席の眺めはしっかり目に焼き付けておいた。「打ち上げの時間あるんで、とっととバラすよー!」 舞監の山口が張り切って指示を出す。打ち上げの幹事も山口だった。ナベは大道具のパネルを分解しながらまゆに話しかける。「いやー、今回俺ほとんど大道具に関わってなかった気がするけど、ちゃんといいものができてすごいよ」「いえいえ、ナベさんにいろいろ助言もらえたので、助かりました。それに暇そうな人つかまえていろいろ手伝ってもらったので」「あー、それはまゆのいいところだね」「ナベさん、人に頼るの下手ですもんね」「全くおっしゃるとおりで」 ナベが苦笑しているとデカも会話に加わる。「ナベさん、俺もがんばりましたよ」「うん、そうだね。役者やりながらスタッフやるって大変だよね」「主役のナベさんに比べたらそんな大変ではないですけど」「俺そんなに手伝えてないからどっちもがんばったって胸を張って言えないなあ。けど大道具は成功してるわけだから、やっぱりデカもよくやったんだよ」「ありがとうございます」 作業を続けていたナベの耳に届いたデカの声は喜んでいるように聞こえた。 バラシを終え、いつものように居酒屋の俺ん家゛(おれんじ)で打ち上げが行われていた。打ち上げには全員が参加していた。「まあでも、俺が大学で初めて友だちになったのがガジンで良かったよ」「何だよナベ、そんなこと言っても何も出ないぞ」 ガジンはそう言いつつ、ナベのコップにビールを注いで取り皿に唐揚げを取り分けた。「いろいろ出てきたな。……いやでもまあ、そうなんだよ。人生の転機っていうか。俺はガジンに会うまで絶対人前で演技するようなことはしないって思ってた
百五十四 明転すると、パーカーを着たタクヤとシノブが向かい合って立っている。「コザクラさん」 「はい」 「コザクラさんと一緒に過ごしているうちに、俺はコザクラさんのいろんな面を知って、でももっといろんなところを知りたいと思った。コザクラさんが変なやつに狙われてるって聞いて、俺が守りたいって思った。俺はコザクラさんの近くにいてこれからもいろんなことを知って俺のことも知ってほしい。……付き合ってください!」 「……はい」 照れながら歩いてハケていく二人をマーサが見守っている。「……あんなまっすぐな気持ち、応援するしかないじゃないですか」 照明が切り替わり、パーカーを脱いだタクヤが現れる。「マーサ」 「はい、これで最後ですね。この薬を飲んだらタイムトラベルした記憶はなくなりますけど、やり残したことはないですか?」 「そうだな。やり残したことはない」 「それじゃあ……」 「けど、伝えてないことならある」 タクヤの一言にマーサの目が大きくなる。これはナベが裕子に伝えたかったことでもある。「俺が真剣だったからマーサも必死になって記憶まで代償にしてくれたって言ってくれたこと、本当に感謝してる。俺のことをきちんと見てくれてありがとう。この気持ちは忘れたくない」 この気持ちをナベは一生忘れないでおこうと自分の心に誓った。「わたしが覚えてますよ」 「ああ、ありがとう」 「それじゃ、タクヤさんの時代に連れてくので、薬のんでください」 「……ありがとう、さようなら」 タクヤは薬を飲んで、タイムマシンに乗り込む。「……そういうところですよ、タクヤさん」 マーサがタイムマシンに乗り込むとタイムトラベルが始まり、暗転する。明転すると役者全員が整列しており、客席に向かって一礼する。客席からは盛大な拍手が鳴り響いた。鳴り止まない拍手の中、ナベが顔を上げるとようやく観客たちの顔を意識することができた。笑顔の多さが嬉しい。ナベは公演中、深くタクヤと同化していたため、あまり観客のことを考えていなか
百五十三 照明が切り替わり、タクヤ・リヒト・マーサの三人がハケる。同時にシノブが舞台に現れ、辺りをきょろきょろと見回して時計を見る。そこへパーカーを着たタクヤが走って駆け寄る。「コザクラさん、ごめん。待った?」「待ったわよ、もう。そっちから呼んどいて」 舞台袖から帽子を被ってメガネをかけたマーサが二人とその周囲を監視している。「ごめんごめん、ちょっとその……心を落ち着けてて」「え?」「ああ、いやごめん。なんでもない」「で、どうしたの?」「その、どうしても伝えておきたいことがあって……」 そこへ、メガネをかけた歴史改変者のジンが現れ、二人を観察する。マーサがそれに気づき、電話を取り出す。「リヒトさん、やつが現れました!タクヤさんとすぐに来てください!」 マーサはジンから目を離さずにひそひそと伝える。「伝えたいこと?」 ジンはタクヤの行動を警戒し、迷いなく二人の方へ近づいていく。それを見てマーサは慌ててジンに体当りする。「うわっ、なんだ!?」 ジンは驚いて立ち止まる。「あなたこそ何よ!?あなたさては、ヤバい人ね!あなたが『ヤバい人』ね?」 マーサは叫びながら大学生のタクヤに下手くそなウィンクをする。「おまえのほうがおかしいだろ!」 二人に近づこうとジンはマーサを引き剥がそうとするが、しつこくしがみつかれている。タクヤはハッとした顔をする。「あ!あれがヤバイやつか……コザクラさん、ここは危険だからあっちに行こう!」 おかしな様子のジンとマーサを見て、シノブはタクヤに連れられてその場からハケる。そこへリヒトが現れ、遅れてパーカーを脱いだタクヤも現れる。「そこまでだ、ニカイドウ!」 タクヤが叫ぶ。その姿を見たジンの目は釣り上がる。「マシマタクヤぁあ!告白もしていないお前が幸せを掴めると思うな!」 ジ
「やあみんな、おはよう」 やってきたのは二年の吉田剛先輩だ。ゴウさんと呼ばれている。ゴウさんは私服がスーツというちょっと変わった人だ。今日もまたスーツとビジネスバッグを持っている。就職活動をしているわけではない。「おはようございます」「ゴウさ〜ん、久しぶりです〜!っていうか、暑くないですか?ネクタイ締めて」 裕子ちゃんの指摘通り、ゴウさんはきっちりネクタイを締めている。「ん?うん、夏だからジャケットは着てないからね。平気だよ」「ブレないですね」 僕がそう言うとゴウさんは少し遠い目をした。「北海道は暑くないよ」「あれ、ゴウさんってずっと北海道じゃないんですか?」 裕子ちゃん
「おっはよー!」 元気よく現れたのは橋本さんだった。いつものように笑顔で挨拶してくれる。「……おー、久しぶり」 僕もいつものようにおもしろみのない気の利かないことしか口から出てこない。「よかった。一人だったらどうしようと思ってたとこだよ。ナベ、成績どうだった?」 ガタンと椅子を鳴らして橋本さんは座る。洗剤の匂いなのか香水なのかわからないが、花のような香りが鼻をくすぐる。「数学は落としたけど、他は単位取れたよ。えぇと、裕子ちゃんは?」 人を苗字ではなく名前で呼ぶのはまだ慣れない。読んでいた漫画を閉じて机に置く。「私はねー、だいたい単位取れたけど何個かだめだったよ。ナベはすごいね
( )内はあだ名。渡辺浩二(ナベ) 主人公。大学一年生。松本雅人(ガジン) 大学一年生。橋本裕子(裕子) 大学一年生。池田理恵(理恵) 大学一年生。岡田瞳(瞳) 大学一年生。清水智子(みずとも) 大学一年生。中島麻美(麻美) 大学二年生。林由美(由美) 大学二年生。加藤俊輔(シュン) 大学四年生。中村雄介(ブラザー) 大学四年生。山本慎吾(ポリス) 大学四年生。
七月、初の期末試験が近づく。未知の専門科目に戸惑う僕に、先輩の久美子さんたちから「過去問のネットワーク」という大学特有の攻略法を伝授された。部室では就活スーツのポリスさんが人気漫画のセリフで「さらば」と去り、留年危機のブラザーさんや、夢を追うシュンさんの将来が語られるなど、四年の先輩たちの学生生活の終わりと現実が交錯していた。 試験本番、僕は過去問を頼りに論述問題に挑むが、唯一、数学だけは絶望的だった。最初から理解を諦め、授業中の「寝ていないふり」を極めていた僕は、白紙に近い答案を前に来年は先輩に話を聞いて選択する授業をきちんと考えて決めようと誓った。手応えのないまま「優・良・可・不可」